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父が直腸ガン(ステージ4)の手術をしました 父との思い出の振り返り

ブログを愛読しているフミコフミオさんがこの記事を書いた昨日、奇遇にも私も父との大きなできごとを経験しました。

 

delete-all.hatenablog.com

 

父の直腸ガンの手術です。
人工肛門造施術で、ガンはステージ4。

 

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われわれ団塊ジュニア世代にとって、親が生きていればその最期をどう迎えるか、それぞれの事情でなかなか難しいところがあると思います。

 

一つの事例として、私の経験を記録しておこうと思います。

  

父と会うのは6年半ぶりです。

父が緊急入院したことは、1月14日に母からの電話で聞いています。
昨日は、手術中の約3時間家族のだれかが病院にいる必要があるというので、仕事を休めない母の代わりに私が埼玉から長野県の上田まで行くことになりました。

父と母は、私が大学生2年のときに離婚しています。
経済的な理由でケンカ別れしました。
私と妹は母方の戸籍に入り、以後ずっと父は一人暮らしをしています。

今回の入院は、父が自宅で動けなくなっていたところを、父の友人が車イスで近くの医者に連れて行ってくれ、緊急入院となったらしいです。
ひどい床ずれもできているとのこと。

入院した父は、母に連絡してくれと病院に伝えたそうです。

父と母は何年か前からたまに会っていて、父の帯状疱疹の薬を母が塗りにいってやっこともあったらしいです。

このあたりの二人のことは、息子の私にも謎です。

 

父は離婚が決まってすぐ、大学に入り上京していた私に一人で会いに来ました。
上野駅まで父を迎えに行き、当時住んでいた上石神井に向かう途中の山手線の中でも、西武新宿線の中でも、私はずっと泣いていたことを覚えています。

上石神井でさびれたスナックに二人で入り、父は、
「課長だ、所長だといい気になってな、すまんな」
というようなことを言った記憶があります。
深くは聞きませんでした。

その日父は私のアパートに泊まって、次の日に上田に帰りました。

 

それから、正月やGWや盆に帰省するたびに連絡して、父の家の近くで一緒に酒を飲みました。

就職しても続けていましたが、結婚後は帰省はしても会いには行けませんでした。
奥様に父のことを話してはいますが、一緒に会うのもなかなか難しいので。

 

息子が生まれ、父に息子の顔を見せたくなります。

父が趣味で近くの山によく登っていることを知っていたので、その山の麓のキレイな沢に息子一人をつれて何回か遊びに行きました。

そこで父に2回会うことができました。

息子には父のことは、「パパのよく知っているおじさん」だとしか言えませんでした。
最後に会ったのは2013年6月22日で、1枚の写真が残っています。

 

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最近は、3ヶ月に1回くらい電話をしていました。
直近はスマホの発信履歴で11月19日です。
元気でかわりないよ、と言っていました。

 

手術後の父はうつらうつらしながらも会話ができる状態で、子どもの頃から聞いてきた声のままでした。

父は「おー、来たのか。連絡行っているとは知らなかった」と言い、私に仕事のこと、息子のこと、妹のこと、妹の旦那のことなど、いろいろ聞いてきました。

夕方埼玉に帰る時間のギリギリまでベッドの横にいました。

息子の写真を見せ、何枚か置いてきています。

 

父は、仕事で失敗し、家も土地もたぶんお金もなく、母や妹に迷惑をかけ、自分の兄弟や親戚とは疎遠になってしまいました。

でも、休みの日には必ず外に遊びに連れて行ってくれる、子煩悩な親でした。

夏は毎年車で直江津に海水浴に(当時は片道5時間くらいかかったはず)、冬は毎週のように12月から5月のGWまでスキーにと、たくさんの思い出があります。

私にも息子ができて、仕事の休みに毎回子どもを遊びに連れていくことの大変さが、よくわかるようになりました。

財産は何も残してくれませんが、思い出はたくさんつくってくれました。

いろいろと言いたいこともありますが、父の子でよかったな、と思っています。 

 

いずれ父が死ぬ日がくることは覚悟していたので、緊急入院を聞いた時は、苦しまずにあの世に行ければいいなと考えていました。

今は、あまり苦しまず痛い思いをしない範囲で、できる限り長生きしてほしいと願っています。

フミコフミオさんのブログの影響かもですね。

 

以上、一つの事例として参考になるところがあれば、幸いです。

 

【2019.1.29 追記】

はてなブログの今週のお題「応援」ということで、いま私が応援するのは父と、25年以上前に別れた夫を看取るつもりの母です。

 

>>>フミコフミオさんの本の紹介です。

 

>>>この本の感想も書いています。

就職氷河期世代の生き方を考える本その1 『ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。…』(フミコフミオ) - しあわせ情報室