「許し」は成り立たない

「許すこと」からの学び の記事で、「許すと決めたときに自分の間違いに気づく」と書きました。

 

ということは、そもそも自分が間違っているのですから、私が正しく相手が悪い、だから相手を許す、というのは成り立たないことになります。

 

この考えは、「怒らないこと2」から学びました。

 

 

こうあります。

 

なにもかにも、一切のことが「不完全」というのが本当の姿なのに、いったい何を「許す」というのでしょうか。

自分も間違いを犯し、他人も間違いを犯す人間同士であるならば、許すも許さないも成り立たないと思います。

 

その通り…(汗)。

 

「許せない」というのは、「怒り」の感情ですね。

 前の記事で書いた学びは、「許すと決める」=「怒りの感情から解放される」ということを実感した、ということなのでしょう。

 

ではもっと早く、自分の中の「怒りの感情」に気づけたらよいのでは。

ということを、この本でじっくり学んでいます。

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