JAFMate 2018年10月号にある、江國香織の「幸せって何だろう」というコラムの一節を紹介します。
ここに至ってようやく、しあわせを自分の外側に求めてはいけないことが私にもわかった。というわけで、五十代のいま、私は自分が朝起きるだけで嬉しい。雨ならば雨の降っていることが嬉しく、晴れならば晴れていることが嬉しい。自分に五感があって、きょうも世のなかを観察できる、というのがたぶん、いまの私のしあわせらしい。
江國さんが過去に、しあわせとは何か、と尋ねられていたら、こんなふうに変遷していると言います。
十代 ”自由でいること”
二十代 ”お風呂と本さえあればしあわせ”
三十代 ”愛し愛されること”
四十代 ”仲間がいること”
五十代 ”自分に五感があって、きょうも世の中を観察できる”
しあわせは人によって違うでしょう。
さらに、しあわせは同じ人の中でもいろいろと変化するものであり、変化していいものだ、と教えてもらいました。
「幸せは小刻みに」 鷲田清一さんのコラム『幸せって 何だろう』(JAFMate)から
JAFの会員誌『JAFMate 2019年11月号』にあった、哲学者の鷲田清一さんのコラム『幸せって 何だろう』から、しあわせについて学ぶことばの紹介です。 鷲田先生はま…
「シアワセの変遷」 江國香織さんのコラム『幸せって 何だろう』(JAFMate)から
JAFMate 2018年10月号にある、江國香織の「幸せって何だろう」というコラムの一節を紹介します。 ここに至ってようやく、しあわせを自分の外側に求めてはいけないことが…
森博嗣さんのしあわせ論 「幸せが何かを見つけるのが、あなたの人生」
森博嗣さんのエッセイから、【しあわせについて考えることば】を紹介します。 まずは『「やりがいのある仕事」という幻想』から。 Q はたして、社会に出たあとの幸せっ…