山田詠美さんの小説『つみびと』を読み、いろいろと考えるところがあったので、モチーフとなった事件についてのノンフィクション『ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件』(杉山春)を読みました。
『つみびと』の参考文献にある本です。
この本では、事件をおこした被告は仮名で「芽衣さん」とされ、芽衣さんの父(仮名:裕太)の子育てや、被告の元夫(仮名:照夫)とその家族についても書かれています。
また、『つみびと』にはない、被告の精神鑑定の結果や行政の対応についても、細かく述べられています。
『ルポ 虐待』によると、実際の裁判では、元夫や被告の父は問題とはなりませんでした。
しかし、私が『つみびと』を読んで感じた印象と同じように、この本の著者も、元夫や被告の父に疑問を示しています。
次のことばの通りです。
裁判では、照夫さんが本当に離婚を望んだのかはわからなかった。だが、家族が解体する危機を前に、親の言葉にスッと従った(p183)。
元夫をはじめ周囲は芽衣さんの不安をどの程度理解していたのか(p190)。
見知らぬ男性の元に幼いわが子を置いて行く。「よく考えてくれ」という気持ちだったと公判では証言したが、わが子の安全や幸せはどこか他人事だ(p192)。
だが、本当に父親(※裕太さん)の養育には問題はなかったのか。生涯の、ごく限られた安定した生活が、想像を超える苦しみを癒し、病理を跡形もなく消し去るのだろうか(p262)。
私にとっては『ルポ 虐待』も、母親や行政より、父親の子育ての問題をより深く考えさせられる本です。
ちょうど、朝日新聞の5月15日の夕刊で、松田道雄先生の『定本育児の百科 (岩波文庫)』が大きく取り上げられています。
以前の記事でも紹介した、本書の「父親になった人に」という一節を、じっくりと読み返しました。
赤ちゃんが帰ってくる。君もいよいよお父さんだ。家庭のお父さんである君に一言いっておきたい。
君は年々200人の母親が子殺しをすることを知っているか。彼女たちは簡単に「育児ノイローゼ」といわれるが、実は核家族時代の犠牲なのだ。育児という重労働を、ひとりでいままでの家事のほかにやらなければならないのだから。(中略)
以前の大家族の時代には、古い世代がそばにいてくれた。いまは若い母親がひとりでせおわねばならぬ。父親が手伝わなかったら母親はせおいきれない。子殺しをした母親のおおくが、育児に協力しない夫をもっていた。
ー『定本 育児の百科』岩波文庫 上巻 p108
朝日新聞の記事によると、この項目は1980年の新版に書き加えられたそうです。
40年前から、子育てで起こりがちな問題は何も変わっていないようです。
以上、ノンフィクション『ルポ虐待』の紹介でした。