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山田詠美さんの『つみびと』に登場する父親たちの罪を考える 罪の重さ二位は?

つみびと 山田詠美

山田詠美さんの小説『つみびと』に登場する父親たちの、子どもを死なせた罪の重さの考察の続きです。

>>>前の記事「山田詠美さんの『つみびと』を「妻や子どもをしあわせにできない父親たちの物語」として読んだ 罪の重さ一位は?

※以下はネタバレを含みます。

 

二位:笹谷隆史(蓮音の父/琴音の元夫)

罪は、子ども(蓮音)の自己肯定感を育てなかったことと、人格否定です。

 

「どうして、こんなにも、あの女に似ているんだ」
「まーったく、やることなすこと、あいつにそっくりだな」
「結局、おまえは、母親とおんなじなんだよ」

隆史は、出ていった妻の琴音に似ているということで、こう言って蓮音の人格をあらゆる方向から否定します(p106)。同時に母親の琴音の人格も否定しています。

また、出ていった琴音の代わりに弟と妹の世話をする蓮音を、がんばれ、がんばれ、がんばれ!と励ますだけで(p154)、がんばってるね、とは認めません。自分だけが苦労していると思っています(p154)。

自分の人格を否定され母親の人格も否定され、蓮音は、「そういう星の許にうまれちゃったんだなあ、私って奴は」(p30)と、自己肯定感を持てません。音吉との結婚披露パーティで幸福を感じても、「おまえは、そこにいて良い人間なのか」 (p192)という囁きが聞こえ、素直に受け入れられません。

 

大人になってからも、隆史はこう言って、蓮音の人格を否定します。

「お前なんかに親の資格はない」(p24)
「行くとこ行くとこで皆を不幸に陥れる」(p30)
「もういい、お前は帰ってくんな」(p64)
「どうして、普通の人間みたいになれない?」(p64)

 

また蓮音は、「父の隆史に対して子供の頃から親しみを持つことが出来なかった」 (p193)、「甘える気になどなったくなれない彼は、家を守る門番のようなものだった」 (p193)、と振り返ります。また、「そもそも実の母親の琴音にすら甘えられなかった」 (p226)と言っています。

人格を否定され、甘えることを知らずに育った結果、素直に人の好意を受け止めることが出来ず(p226)、私が何をどう訴えたって駄目なんだ(p115)と思い、なりふりかまわず助けて!と叫ぶことが出来ない(p310)ように、蓮音はなってしまったんだと思います。

 

子どもの「自己肯定感」を育てることの大切さは、これまでこのブログで紹介した本、小児科医の高橋孝雄先生の『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』、精神科医の明橋大二先生の『子育てハッピーアドバイス』、尾木直樹さんの『親だからできる「こころ」の子育て (PHP文庫)』に、共通して強調されています。

明橋大二先生の言うこのことが、隆史にはできませんでした。

 

しつけも勉強も大事ですが、自分を肯定できる、生きていていいんだ、大切な人間なんだ、存在価値のある人間なんだ、という気持ちを、子どもの心に育てていくことが、いちばん大事なのです。-『子育てハッピーアドバイス』p23

 

甘えが満たされるとき、自分は愛されていると感じ、また、自分は、愛される価値のある存在なんだ、と感じます。-『子育てハッピーアドバイス』p74

 

蓮音の心に、少しでも自分は大切な人間なんだ、愛される価値のある存在なんだ、という気持ちがあれば、子どもを死なせることはなかったと思います。この隆史の罪が、悲惨な結果をもたらしてしまったと考えます。


一方で隆史は、地域では、中学高校と野球部で全国大会で活躍し、建設会社で働きながら少年野球のチームのコーチを務め、誰からも尊敬されています(p76)。「笹谷コーチに子供を預けておけば間違いない」 (p76)とまで言われています。蓮音の周辺の男たちも、「おれも野球教わったけど笹谷コーチほど素っ晴らしい人、いねぇべ」 (p150)と言っています。

野球チームの親からも、子どもからも、ここまで尊敬されているということは、野球では、選手を認め自信を持たせることができているはずです。野球は、個人の力を合わせてチームで戦うスポーツですので。

地域の野球ではできることが、なぜ、蓮音に対してはできないのか。

想像するに、理由が二つあります。一つは、尾木直樹さんのこの指摘。

 

熱心な親、まじめで責任感の強い親は、子どもに厳しくなり、寛容になることが難しい-『親だからできる「こころ」の子育て』p161

 

「行儀や規則にうるさく、母にも子供たちにも厳しかった」(p72)、また、まだ幼い桃太や萌音にも、「行儀にとてもうるさかった 」(p23)とありますので。妻や子どもに厳しすぎることが、隆史の短所の一つと考えます。

 

もう一つは、「自分の仕事の方がはるかに重要だと思って」 (p78)いて、「食べさせてやっている、というだけで自分を偉いと信じ込んで」 (p155)いるので、家庭では、「女たちに感謝のことばを述べない」 (p156)、「愛や労りの言葉など無駄口」 (p156)な男であることです。

よって妻の琴音からは、「自分の面子しか考えてない」(p66)と、また後の恋人たちからは、「自分以外のみんなを馬鹿にしてる。自分だけが正しいと思いこんでる」(p155)、「冷たい人!」(p155)、「私って、あなたの何なの?」(p156)と言われています。

つまり隆史は、自分だけが正しいと思い、自分の都合のいいようにしか、物事を考えない男だということです。事件後も琴音に蓮音のことを、「あいつは、おまえの子だ。おまえが産んで、おまえのように育って、おまえのような駄目女として人生終わった」(p125)と言い、責任を感じているようには見えません。半分は自分の血なのに。

 

この、自分だけが正しいと思いこんでいるところが、隆史の二つ目の、より重大な短所だと考えます。この短所が、琴音を救えず、蓮音も救えなかった要因でしょう。隆史は精神に変調をきたした琴音に、「あたまのおかしいおまえの相手するの、ボランティアより大変だな」(p289)という言葉を投げつけます。少年野球のボランティアより、仕事より、妻を救うことの方が「大切」であることが、わかりません。

 

隆史は、父親としてこうはなりたくない、という反面教師です。どんなに仕事や地域で成功し、尊敬されようと、妻や子どもを不幸にしては、その人生に意味はありません。私自身、職場では同僚や部下の女性を労えても(だぶんできている?)、奥様を心から、ただ労うのは、本当に難しいです。つい、やって当然、と思ってしまうところがあります。また、他人の子には寛容になれることも、自分の子には必要以上に厳しくしてしまうところがあります。気をつけなければいけません。 

<<<次の記事「山田詠美さんの『つみびと』に登場する父親たちの罪の重さの考察 三位、四位とまとめ

 

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